忍者ブログ

夢と消えるか消え

して住みやすい、魅力的な住居だった。ジョージア王朝様式の箱形の住居は、段屋根といい、小さなガラスが扇形にはめられた窓をもつ古典的な玄関といい、紛れもなく十九世紀初頭の細工を示すものばかりを備えていた。内部には六枚の鏡板がはられたドア、幅の広い床板、植民地時代風の曲線を描く階段、アラム期の白い炉棚があり、奥に位置する部屋は床の高さが三段分さげられている。
 南西に位置するブレイクの広い書斎は、一方で玄関まえの庭を見はるかし、西に面した窓まど――一つの窓のまえに机が置かれている――は丘の端《はな》から顔をそらして、低地に広がる町の屋並と、そのうしろでかっと燃えあがる神秘的な夕映の、素晴しい景観をわがものにしていた。遙か彼方、広びろとした郊外の紫がかった斜面が、地平線を形成している。その斜面を背景にして、およそ二マイルほど手前には、フェデラル・ヒルの幽霊めいた円丘がもりあがり、屋根や尖塔《せんとう》がひしめきあっているのだが、遠くから眺めるその輪郭は、渦を巻いて昇る町の煙につつまれるまま、神秘的に揺らめき、奇異な形をとりつづけるように見えた。ブレイクは、実際に見つけだして入りこもうとするなら、ぬか定かでない、何か未知の霊妙な世界を覗きこんでいるような、妙な感じがしたものだった。
 ブレイクは蔵書の大半を自宅からとり寄せたあと、宿所にふさわしい古風な家具をいくつか買いいれ、小説の執筆と絵画の制作にとりかかった――ひとりきりで暮し、簡単な家事は自分で処理することにした。アトリエは北側の屋根裏部屋にあって、段屋根に設けられたいくつもの窓が十分な光をもたらしてくれた。ブレイクはその最初の冬のあいだに、自作のなかで最も世に知られた短編小説のうち五篇――『地底に棲むもの』、『窖《あな》に通じる階段』、『シャガイ』、『ナスの谷』、『星から来て饗宴に列する者』――を書き、七枚のキャンヴァスを仕上げている。絵は、まったく非人間的な、名も無い怪物や、底知れぬほどに異界的な、この世ならぬ風景の習作だった。
 夕暮どきになると、ブレイクはよく机について、西方に広がる景色をうっとりと眺めたものだった――すぐ眼下の記念会館の黒ぐろとした塔、ジョージア王朝様式の裁判所の鐘楼、下町にそびえ立つ小尖塔の群、他を圧して屹立《きつりつ》する尖り屋根が揺らめいて見えるあの遠くの円丘を。フェデラル・ヒルの円丘に存在する、まだ見ぬ通りや迷路めく切妻屋根の連なりは、ブレイクの空想をひどくかきたてた。わずかばかりの地元の知人にたずねた結果、遠くの丘陵が広範囲にわたるイタリア人地区であるものの、建っている家の大半は、イタリア人より古くイギリス人やアイルランド人が入植した時代の名残《なごり》であることを知った。ブレイクはときとして、渦を巻く煙のむこうにある、あの手のとどかないおぼめく世界に双眼鏡をむけ、屋根、煙突、尖塔のそれぞれをつぶさに見たり、そういうものがはらんでいるやもしれない玄妙かつ奇異な謎に思いをはせたりした。そういう光学的な助けをかりてさえ、フェデラル・ヒルはどこか異質で、なかば伝説上の土地のような雰囲気をもち、ブレイク自身の小説や絵があつかう、実体のない非現実的な驚異とつながりをもっているように思われるのだった。丘が街燈の光をちりばめた菫色《すみれいろ》の黄昏のうちにしだいに消え去り、裁判所の投光照明と、インダストリアル・トラスト社の赤い灯が輝いて夜をグロテスクなものにした後も、そうした感じは長く心に残るのだった。
 遠くのフェデラル・ヒルにあるもののなかで、ブレイクの心を最も惹きつけたのは、黒ぐろとした巨大な教会だった。昼間の特定の時間にとりわけくっきりと見えるほか、日暮どきには、夕日に燃える空を背景にして、大きな塔や先細りの尖り屋根が黒ぐろとした姿をあらわすが、これはとりわけ高い土地に建っているためらしい。汚れはてて黒ずんだ正面、そして大きな尖頭窓《ランサット》の頂部に勾配急な屋根を斜《はす》に覗かせる北に面した部分とが、まわりにひしめく棟木《むなぎ》や煙突の通風管をしのいで、立ちまさっているからだ。ことさら気味悪く、いかめしい姿をしたその教会は、どうやら石造りらしかったが、
PR

コメント

お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字

カレンダー

08 2024/09 10
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30

カテゴリー

フリーエリア

最新CM

プロフィール

HN:
No Name Ninja
性別:
非公開

バーコード

ブログ内検索

P R